優しいとは言えない今の社会

管理人まじなです。

この頃、障害を持っていて働くことができない人々、日常生活もままならない人々についての様子を知る機会があって、社会について考えることが多くなりました。
そのような人たちが社会と彼ら自身の関係について考えるとき、

いかに社会に受け入れてもらえるか。

そのために自分はどんな役に立つのだろう?

というようなことなのですが、大抵の人はそこで「人並みとはいかなくても自分にも働くことはできる」と考えてしまいがちです。
それはそれで構いません。そういう頑張りが生きがいになり生活に張りがでるケースはあります。

けれども、そうでない、そんなことができない自分がいるのにも関わらず、社会から認められないことがつらくて苦しむ人々もたくさんあります。

そういう人々に、生きているだけで十分だと私は伝えたいのですが、まあ、似たような境遇(療養中)の自分が言っても「同病相憐れむ」だなあ、と思ってしまい、もどかしく思います。

ニート

ニートといえば働かない、働けない、そういう人を指しますが、この中には健康な人から病弱な人までいろんな属性があり、彼らが働かない理由もさまざまです。
今回、ニートに関する番組の感想記事をたまたま見つけて拝読したのですが、既存の概念や価値観を抜け出した人々がどんな暮らし方をしても許される社会へのヒントが、この記事の中にあるなあ、と感じてここに紹介することにしました。

自分が自分らしい人生を送るために自分が最もやりたいことを全力で取り組む必要がありますが、わたしが経験上言えることはそういう経過をたどって好きなことをしている人々は、どんな生き方をしている人にも寛容である、ということです。だから、全力で自分のやりたいことを始めた人に支援を惜しみません。

そして、そういう生き方を批判する人々が、古い価値観にしがみついて、新しい生き方をしはじめた人を理解できないだけ、と想像できる人々でもあります。

 

「働け!ニートSP」に出てくるニートたちに感心した件